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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)698号 判決 1985年12月18日

原告

樹田美子こと金美子

被告

中元建設株式会社

ほか二名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して金一九三八万四三〇七円、及び内金一八一八万四三〇七円に対する昭和五二年一〇月一二日から、内金一二〇万円に対する昭和五六年七月一〇日から、各支払ずみに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し連帯して金五八、〇三三、一三一円と、内金五五、〇三三、一三一円に対する昭和五二年一〇月一二日から、内金三、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和五六年七月一〇日からいずれも支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和五二年一〇月一二日午後五時ころ

場所 神戸市長田区五番町二丁目一番地先道路

態様 被告中元建設株式会社所有の普通乗用自動車を運転していた被告大西が、目的地に到着し西に向つて停車したのち、同車後部座席に同乗していた被告井上に対し、同人が下車するために後車右側ドアーを開扉する場合右後方から進行してくる人車の有無を確かめるなど安全を確認するよう指示せず、また自らも安全を確認し交通の危険が生じないようにするための必要な措置を講じることを怠たり、かつ被告井上が右後方の安全を確認することなく後部右側ドアを開扉したため、後方から自転車に乗車して進行してきた原告に右開扉したドアーを衝突させ、もつて原告は後記記載の傷害を負つたものである。

2  被告らの責任

被告中元建設株式会社は、前記加害自動車の保有者であるから自賠法三条により、かつ本件交通事故は同社従業員である被告大西、同井上の仕事中の事故であつたから民法七一五条により、また被告大西、同井上はいずれも民法七〇九条により、本件交通事故による原告の被つた全損害を賠償する責任がある。

3  原告の傷害の程度、筆舌に尽しがたい心身の状況ならびに生活状況

(一) 原告は、昭和一四年三月二四日に生れ、昭和四二年八月九日樹田義雄こと金福行と結婚し、昭和四五年五月四日長男樹田昌弘こと金昌弘を出生した。

夫樹田義雄は、皮革の御販売業を営み、樹田美子は、ミシン工として働き、人もうらやむほど仲のいい夫婦で、長男昌弘もあかるく快活でスポーツ好きの勉強もよくできる子供で平和な家庭をきづいてきた。

(二) ところが、昭和五二年一〇月一二日におきた本件交通事故で原告の人生は一変してしまつた。ドアーが左手、左足に激しくあたり宙にとばされ、頭を道路につんであるブロツクでうち、右足も道路にうちつけて意識を失つた。

(三) 昭和五二年一〇月一二日から二三日まで塩谷外科へ通院治療中、原告はずつと寝たきりであり右足で体をささえることができず、トイレにいくにも這つていかなければならなかつた。家事は一切できず、風呂へ入ることもできず、ノドが痛くて食事もスープ等やわらかいものしかとおらなかつた。

昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年一月二八日までは高橋病院へ入院する。嘔吐がひどく、割れるような頭痛、首から肩にかけての痛みがつづいた。隣に入院している人から、睡眠中うなつていたり鼾がひどいと指摘された。トイレがちかくなり、一五分おきぐらいにトイレにいくようになつた。

(四) 家庭のことは家政婦さんを頼んだが、昌弘が家政婦になつかず、みるからに痩せてきて、原告は自分で昌弘の面倒をみてやれないことが気になりだしてきた。

事故後の原告は、もちろん夫婦生活のできる体ではなかつたが、夫の妹から自宅に誰かが泊まつているらしいとの話を聞き、入院中の昭和五二年一一月自宅に戻ると矢野和子という女性がやつてきて夫と関係をもつた女性であることが判つた。

夫は、一たんはわび、原告の兄弟の仲介でやり直してくれとの話があり、原告とて夫に対し何一つしてやることができない体であり、夫をゆるすことにしたが、結局、夫は原告や子供をすてて昭和五三年六月末に家をでていつてしまつた。

(五) 原告は、まだまだ高橋病院を退院できる状態ではなかつたが、子供のことばかり気にするので、主治医から、子供のことばかり気にしているようではダメだからということで、原告の要望を入れてもらい退院し、通院して治療することになつた。

(六) 昭和五三年一月二九日から自宅での原告の生活は、ずつと寝たきりでありそれは現在も同じようにつづいている。

家政婦さんに二四時間おつてもらい、食事、買物、掃除、洗濯一切やつてもらわなくてはならなかつた。もちろん、原告は家事のできる体ではなかつた。食事も、おかゆを中心としてやわらかいものしか食べることができなかつた。テレビは音と光が不快で、新聞や本も頭痛がひどく読む気力、考える力がなくなつて、これらのことを楽しむといつたことが全くない生活であつた。

風呂も、手に力が入らず体をさすつて洗う程度であり、歩行は装具をつけて歩くことは可能であるが、歩幅をせばめてゆつくりしか歩けないし、歩いても足に電流が走つた感じで頭にもひびいた。

声を出すのもだしにくく、もちろん大声でしやべることはできない。発声のたびに両耳の下とノドがひびく。又、よだれが、左のほうから自然にでてくる。

耳はきこえにくく、圧迫感があり、補聴器をつけている。

眼は、痛みもあり、視力の矯正ができない状態である。

女性にとつてはとくに気になる顔面の変形。

足は冷たく、体に何かがふれると骨が痛む。

全身にわたる、間断ない痛み。

以上のような症状が現在もなおつづき、回復される見込みはたつていない。

症状固定の措置も病状からすれば、とても固定したといえる状態ではなかつたが、被告ら加害者側が、症状固定にして治療をうちきらないと休業損害等もだせないといいだしたので、原告から主治医に特にお願いして形式上そうしてもらつたのである。従つて、「症状固定」後も、ひきつづき治療中であり、治療の必要がなくなるみとおしは全くたつていない。

(七) 本件交通事故による昭和五六年六月一日までの原告の入院、通院の状況及び後遺症については次のとおりである。

昭和五二年一〇月一二日から同月二一日まで 塩谷外科へ通院

昭和五二年一〇月二七日から同五三年一月二八日まで高橋病院へ入院 九四日間

昭和五二年一〇月二四日から同五四年一二月二二日まで右同病院へ通院 四四三日間

昭和五二年一二月二〇日から同五五年二月二一日まで

兵庫県玉津福祉センターリハビリテーシヨンセンター附属中央病院(以下リハビリ附属病院という)へ通院 五八日間

昭和五二年一一月二五日から同五四年一〇月三〇日まで緒方耳鼻咽喉科へ通院 二一日間

昭和五四年一月二五日から同年一一月二六日まで 宮崎眼科へ通院 二一日間

昭和五五年九月一日から同五六年六月一日まで 神戸大学医学部附属病院(口腔外科)へ通院

原告は「症状固定」後もリハビリ附属病院で通院治療をうけなければならない身体状況であり、筋力低下のため歩行には松葉杖を使用しなければならず、昭和六〇年四月二二日からは神大医学部附属病院脳神経外科へ入院する予定である。

原告の後遺障害の程度は現在なお回復せず、村田証人が証言するように自賠責保険後遺障害別等級表の五級と七級の間程度であり、少なくとも七級より下のランクになることはない。

村田証言、石川鑑定とも神経症状に関する等級認定の意見であり、原告は神経症状以外に咀嚼機能障害があつて(これは自賠責保険で一〇級に認定されている)これを合せると神経症状を七級としても全体として六級程度の後遺障害をのこしていることになるものである。

4  原告の損害

(一) 治療費 金七、一〇五、八二〇円

(1) 金四、七八〇、〇〇〇円(昭和五五年一二月二二日までの分、甲第四三号証)

(2) 金二、三二五、八二〇円

昭和五五年二月二二日から同五六年一二月一一日まで金七三三、二八〇円(甲第一三号証より点数母の分を除く七三、三二八点につき一点単価一〇円として計算)

昭和五七年一月から同五八年一二月まで 金一、〇〇八、二九〇円(甲第四〇号証の二)

昭和五九年四月から同六〇年三月まで 金五八四、二五〇円(甲第四一号証)

「症状固定」後も右のとおり治療を受ける必要があり、右金額以上の治療費を要している(一部資料を欠く)

(二) 付添費(家政看護費) 金三、七七〇、六六〇円(昭和五四年一二月二二日までの分)

(三) 入院諸雑費(高橋病院で九四日間入院)

一、〇〇〇円×九四=九四、〇〇〇円

(四) 通院交通費(昭和五五年二月二一日までの分)

高橋病院 タクシー片道九〇〇円、通院日数四四三日九〇〇円×二×四四三(日)=七九七、四〇〇円

リハビリ附属病院

自宅から神戸駅 タクシー片道五三〇円

神戸から西明石(国鉄) 片道二七〇円

西明石駅からリハビリ タクシー片道三八〇円

通院日数 五八日

(五三〇円+二七〇円+三八〇円)×二×五八(日)=一三六、八八〇円

宮崎眼科 タクシー片道 三八〇円

通院日数 二一日

三八〇円×二×二一(日)=一五、九六〇円

合計 九五〇、二四〇円

(右のうち七九七、四〇〇円については交通費として支払いをうけている)

(五) 休業損害

原告は事故前三ヶ月平均で一ケ月金一三四、八一六円の給与を受領していた

従つて、症状固定までの月数が二九ケ月であるから、一三四、八一六円×二九=三、九〇九、六六四円

(六) 後遺症による逸失利益

「症状固定」時、昭和五五年二月二一日当時のいわゆる「年齢別平均給与額」の女子、四〇才の金額一三六、一〇〇円を基礎にする。

事実上労働能力は一〇〇パーセント喪失しているとすれば、就労可能年数二七年のホフマン係数 一六・八〇四

(1)  一三六、一〇〇円×一二×一六・八〇四=二七、四四四、二九二円

労働能力喪失率 六七パーセント(六級相当)とすれば、

(2)  一三六、一〇〇円×一二×〇・六七×一六・八〇四=一八、三八七、六七六円

(七) 入通院慰謝料

三、五〇〇、〇〇〇円

(八) 後遺症による慰謝料

二〇、〇〇〇、〇〇〇円

被告らの不誠実な態度、なおもつづく原告の苦しみ、夫からも遺棄されたことその他の諸事情を考慮すれば右(七)、(八)の慰謝額が必要である。

(九) その他費用 金一四〇、四〇〇円

(1)  補聴器 六二、〇〇〇円(本件事故による耳の傷害のため必要となつた。)

(2)  リハビリシユーズ代及び補修費

二、〇〇〇円

三、〇〇〇円

四、三〇〇円

二、六〇〇円

(3) 装具代 六六、〇〇〇円

(一〇) 将来の治療費

原告は現在受けている治療をなお継続してうけていく必要があり、今後も少なくとも就労可能な年六七才まで治療のため治療費を支出する必要がある。

最近一年間のリハビリ付属病院における治療費は、一ケ年五八四、二五〇円であるから、

五八四、二五〇円×一四・一〇四(原告は現在四六才であり就労可能年数二一年に対するホフマン係数)=八、二四〇、二六二円

(一一) 弁護士費用

三、〇〇〇、〇〇〇円

原告は被告らの不誠実な対応のため本訴を提起せざるをえなくなり、右金額の着手金、報酬の支払いを約した。

以上合計 七八、一五五、三三八円(但し、(六)は(1)の金額)

5 損害の填補

(一)  治療費 金四、七八〇、〇〇〇円

(二)  付添(看護)費 金三、七七〇、六六〇円

(三)  通院交通費 金七九七、四〇〇円

(四)  休業損害 金三、五九八、〇〇〇円

(五)  その他 金一〇〇、〇〇〇円

(六)  自賠責保険後遺障害保険金金三、九二〇、〇〇〇円

合計 一六、九六六、〇六〇円

右のうち(一)ないし(四)はそれぞれの損害項目に対し支払われたものである。(甲第四三号証)

6 結論

右4の損害合計から右5の金額を控除すれば金六一、一八九、二七八円となるが、本訴は内金請求として訴状請求の趣旨どおりの支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は認める。

3  同3項は不知。

原告の後遺障害は症状固定日に近い時点における公的判断による一二級一二号とするのが妥当である。その余の症状が仮に出ているとしても、それは現在四五歳という年令(加令)からくるものか、本件事故直後に夫と離婚したという家庭事情、精神的シヨツク等からきたものというべきであり、これらは本件交通事故との間に何ら相当因果関係を有するものではないから、これを全損害額から差引計算すべきである。

4  同4項は不知。

殊に、症状固定後の各損害は否定されるべきであり、後遺症による逸失利益も原告が主婦専業であることを勘案すれば否定されるべきである。

5  同5項は認めるが、うち(六)のみ不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項(交通事故の発生)、同2項(被告らの責任)は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告に生じた損害につき判断する。

1  まず原告の病状経過について検討する。

甲第四ないし七、一〇、一一、一三号証、第一四号証の一ないし二六、第二一ないし二八、三五号証、第四〇号証の一、二、第四一、五七、五八号証、乙第一、二号証及び証人村田秀雄の証言、原告本人尋問の結果、被告大西一忠本人尋問の結果、鑑定の結果を総合すれば、次の(一)ないし(一二)の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は本件事故により転倒し、身体(手足や頭部付近)を地面に打ちつけて一時意識を失つたが、間もなく覚醒し、被告大西から病院へ同行する話が出たものの、その際原告は、「立てる。大したことはない。」と言つて、事故現場である神戸市長田区五番町二丁目から、同市兵庫区松本通四丁目の自宅までの或る程度の距離を、自転車を押して帰つた。

(二)  ところが原告は、その約二時間後に嘔吐し、同日、塩谷病院で治療を受け、左大腿、右下腿、左下腿、左肩部、左示指打撲症、頭部外傷、頸部捻挫と診断され、投薬、罨法療法を施行されたが、症状は良化しなかつた。

(三)  原告はその間、歩行も不自由であつたため、通院も夫に抱かれるようにして連れていつてもらつている状況にあり、入院治療が望ましかつたものの、家庭のことが気にかゝり塩谷病院には入院しなかつたが、同月二四日、塩谷病院の紹介により高橋病院で頭部の検査を受けて入院をすゝめられ、同月二七日、高橋病院に入院した。

(四)  原告はそのころ、医師に対し、首の痛みと耳鳴りを強く訴えており、他覚的には、左の首筋から手にかけての痛みと、左指の知覚障害、握力低下等の神経症状が認められ、入院による安静治療の必要があつた。

(五)  その後、入院中の高橋病院では、原告に対し安静とともに局所注射や投薬等の保存治療を行つたが、原告の痛みは頑固で、前記神経症状も良化しなかつたので、同年一二月二〇日から、リハビリ付属病院に依頼し、ペインクリニツク療法も併せて実施した。

(六)  その間原告は、前記症状のほか、悪心や頻尿を訴えていたが、これらの症状は寛解しないまま経過するうち、入院後約三ケ月後の昭和五三年一月二八日、なお安静治療の必要があつたにもかゝわらず、原告は家庭事情のため強く退院を求めたので、医師は、家で安静を守るよう指示して退院を許可し、以後原告は、高橋病院及びリハビリ付属病院へ通院するに至つた。

(七)  原告は昭和一四年生れで、夫との間に昭和四五年生れの長男がいるが、原告は、退院はしたものの、家では殆んど寝たきりであつて、夫や子供の世話も出来かねる状況にあつたところ、夫は他に女をつくり、昭和五三年六月に家を出て言つてしまい、以後は長男と二人で生活している。

(八)  その後も原告の症状は寛解せず、そのうえ、痛みが足や手などにも出現し、手の神経麻痺も進行し、歩行も困難になるなど、多様な症状が発生するに至つた。

(九)  その後昭和五四年一二月二二日に、事故後相当期間を経過しているのに治療効果が上がらないため、一応の区切りをつける意味で、高橋病院で症状固定の診断がなされ、さらに昭和五五年二月二一日にも、同様の意味合いで、リハビリ付属病院で症状固定の診断がなされたが、治療については、症状悪化を防止するため、その後も引続いて実施する必要があるものとされた。

(一〇)  右リハビリ付属病院における症状固定時の診断では、原告の傷病名は、頭部外傷、頸部捻挫、腰部打撲、右足関節打撲、自律神経失調症(外傷性)、頭部外傷症候群、外傷性頸部症候群、左顎関節部骨折とされ、他覚症状としても、両側後頭神経痛、両上腕神経叢から両上肢神経に至る損傷、両下肢筋力低下及び両足関節安全性の喪失、そしやく機能の低下が認められ、日常生活においては、両足関節に支柱付固定装具を常時必要とし、固形物も摂取できず、洗髪も不能で、家事も満足にできない状況にあるとされた。

(一一)  その後も原告は、引続きリハビリ付属病院ないしは神戸大学医学部付属病院に通院して治療を受け、現在に至つているが、今後も相当期間治療を要するものと予測される。

しかしながら、リハビリ付属病院の担当医師であつた村田秀雄医師は、その後他の病院に転勤したが、昭和五七年一一月ころに再度原告を診察する機会があり、その結果、原告の症状は頸髄損傷が基盤になつていると考えた方が妥当ではないかと判断しており、鑑定医の石川正恒医師は、昭和五九年五月二二日に原告を診察した結果、頸髄での傷害のみで原告の症状を説明できるかについては若干の問題があり、むしろ頸部の外傷を契機にしておこつた反射性交感神経性萎縮症の可能性が高いと診断しているところ、従来の治療方法のみではなく、これらの診断に対応する治療方法を施行するときは、原告の症状も相当程度寛解し、従来の程度の治療の必要性も乏しくなる可能性がある。

なお、昭和五八年六月ころには、原告は自転車に乗つて外出したり、徒歩で、松葉杖も使わず近所に買物に出かけたりしており、日常生活も或る程度不自由ながら出来るようになつたものの如くであり、前記石川正恒医師の診察の際にも、原告は、疼痛は以前より軽減している旨述べている。

(一二)  以上のほか、原告は、本件事故により、昭和五四年一月二五日から同年一一月二六日までの間、二一日間にわたり、眼性疲労で宮崎眼科に通院し、さらに昭和五五年九月一日から昭和五六年六月一日までの間、外傷性顎関節症で神戸大学医学部付属病院へ通院し、それぞれ治療を受けた。

以上(一)ないし(一二)の認定事実によれば、原告の多岐にわたる症状は、いずれも本件事故によるものと認めるのが相当であり、加令現象や、夫との離婚に伴う精神的シヨツクないしは心因性によるものであるとは断じ難いけれども、本件の如く、頭部を打つて一時的にしろ意識を失うといつた事故にあつては、まず安静を保つて直ちに医師の診断を受ける必要があることは自明の理であるのに、原告はこれを軽視し、そのまま自転車を押して自宅に帰り、二時間余りも医師の診察を受けなかつたため症状を悪化させた疑いが濃厚であり、また高橋病院からの退院も、家庭事情からとはいえ、なお早きにすぎたものというべく、かゝる事情は、原告の症状の悪化や回復の遷延の一因になつたものと推測せざるをえず、これに相応する損害部分は被告らに負担せしめるべきものではないから、これを二〇パーセントとみて、全損害額の八〇パーセントを被告らに負担させるのが相当である。

2  次に個々の損害について検討する。

(一)  治療費 金七一〇万五八二〇円

甲第一三、四一、四三号証、第四〇号証の二によれば、事故時から昭和六〇年三月までの原告の治療費は、少なくとも金七一〇万五八二〇円であることが認められる。

(二)  家政婦費 金三七七万〇六六〇円

甲第二五、四三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は事故時から昭和五四年一二月二二日までの間家事労働が出来ず、その間家政婦を必要とし、その費用は金三七七万〇六六〇円であることが認められる。

(三)  入院諸雑費 金九万四〇〇〇円

甲第一〇号証によれば、原告は高橋病院に九四日間入院していたことが明らかであり、入院諸雑費は一日一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、その合計は金九万四〇〇〇円となる。

(四)  通院交通費 金九五万〇二四〇円

甲第四、七、一〇、四三号証及び弁論の全趣旨によれば、昭和五五年二月二一日までの通院交通費は、高橋病院へのそれが金七九万七四〇〇円、リハビリ付属病院へのそれが金一三万六八八〇円、宮崎眼科へのそれが金九五万〇二四〇円、以上合計金九五万〇二四〇円であることが認められる。

(五)  休業損害 金三九〇万九六六四円

甲第八号証によれば、原告はミシン工として稼働し、本件事故当時の収入は月金一三万四八一六円であることが認められ、前記1の認定事実によれば、休業期間は本件事故後二九ケ月間とするのが相当であるから、その休業損害は金三九〇万九六六四円となる。

(六)  後遺症による逸失利益 金一六四六万六五七五円

甲第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は主として家事労働に従事していた主婦であり、内職としてミシン工に従事して収入を得ていたものであつて、本件事故により稼働能力を喪失したことが明らかであるところ、前記1の認定事実及び鑑定人石川正恒の鑑定結果を総合考慮すれば、原告は症状固定したとされる昭和五五年二月以降、稼働能力の六〇パーセントを喪失したものと認めるべく、その算定の基礎は、昭和五五年度における賃金センサスの女子年令別平均給与額の四〇才の金額である月一三万六一〇〇円とするのが相当であり、就労可能年数を二七年として計算すると、原告の後遺症による逸失利益は金一六四六万六五七五円となる。

136,100×12×60/100×16.804=16,466,575

(七)  入通院慰謝料 金一五〇万円

前記1の認定事実、とくに治療経過及びその他本件にあらわれた諸事情を総合考慮し、入通院慰謝料は金一五〇万円が相当である。

(八)  後遺症慰謝料 金一〇〇〇万円

前記1の認定事実、とくに後遺症の程度、将来の治療の必要性、及びその他本件にあらわれた諸事情を総合考慮し、後遺症慰謝料は金一〇〇〇万円が相当である。

(九)  その他費用 金一四万一〇〇〇円

(1) 補聴器 金六万二〇〇〇円

甲第一七号証及び証人村田秀雄の証言によれば、原告は本件事故による耳の障害のため補聴器を必要とするに至り、これを金六万二〇〇〇円で購入したことが認められる。

(2) リハビリシユーズ代及びその補修費等 金七万九〇〇〇円

甲第一九、二〇号証、第三八号証の一、二、乙第三号証の一、二及び証人村田秀雄の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本人事故による足の障害のためリハビリシユーズを必要とし、その代金及び補修費として計金一万二四〇〇円、さらに両側短下肢装具を必要とし、その代金五万四二〇〇円支払つたことが認められる。

(一〇)  将来の治療費

原告が将来もなお治療を要することは前示のとおり明らかであるとはいうものの、前記1の(一一)に認定した如く、原告の症状は、症状固定時とされた昭和五五年二月以降において、治療効果が上がつてきたためか寛解に向かつていることがうかがわれるのであつて、今後二〇年近くも、現在と同程度の治療を必要とするとも思われず、その要治療期間や治療の程度も、現在のところ予測は不可能であつて、これを認めることは出来ないが、今後も相当期間治療を要することだけは確実視されるので、これを前記(八)の後遺症慰謝料の算定に際し考慮することとした。

以上の(一)ないし(九)の損害を合計すると金四三九三万七九五九円となる。

7,105,820+3,770,660+94,000+950,240+3,909,664

16,466,575+1,500,000+10,000,000+141,000=43,937,959

しかしてその八〇パーセントの損害額を被告らに負担させるのが相当であることは前示のとおりであるから、その額は金三五一五万〇三六七円となる。

43,937,959×80/100=35,150,367

三  損害填補

請求原因5項(損害の填補)のうち(一)ないし(五)については当事者間に争いがなく、(六)は弁論の全趣旨により認められるところ、その充当に関する原、被告の主張は、各損害の費目毎に別個の損害賠償請求権が発生しているわけではないから意味がなく、結局前記損害額からこれを一括して差引くべく、その結果、残額は一八一八万四三〇七円となる。

35,150,367-16,966,060=18,184,307

四  弁護士費用 金一二〇万円

本件事案の性質、訴訟経過、前記認容額等を考慮し、弁護士費用は一二〇万円とするのが相当である。

従つて、前記残額金一八一八万四三〇七円に右弁護士費用を加算すると、合計金一九三八万四三〇七円となる。

五  結論

よつて本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺田幸雄)

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